開運寺のしだれ桜

東光山開運寺は、臨済宗(禅宗の一派)で妙心寺派に属します。以前の名を東霊山医王寺といいました。もと五山派に属し、久留米市神代町、安国寺(南禅寺派)の末寺でした。

医王寺時代、天桂和尚・天甫和尚と2代続いたのち、江戸時代の延宝年間(1673~1680)争いに巻き込まれて寺はとりつぶされました。その後、柳川市鍛冶屋町の天叟寺(柳川立花藩初代、立花宗茂公が自分の両親の菩提を弔うために建てた寺)、第3代萬瑛和尚は、英山公(立花藩4代藩主鑑虎〈あきとら〉公)に医王寺再興を願いで、山門郡筑籠村の開運寺をこの地に移しました。庚申山の庚申堂を当寺の鎮守とし、寺領1町8反英山公の寄付とあります。『旧柳川藩史より』抜粋

Last Updated:
2022-06-20
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